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福岡地方裁判所 昭和36年(ヨ)219号 決定 1961年8月04日

申請人 吉崎忠光

被申請人 株式会社瀬戸製作所

主文

一、被申請人は、申請人に対して、金七万七、〇一六円二四銭並びに昭和三六年八月一〇日以後毎月一〇日までにそれぞれ金一万一、五〇四円六六銭宛の支払いをせよ。

二、申請費用は、被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

申請人は「被申請人は、申請人に対して、金一三万二、一九八円及び昭和三六年六月以降毎月一〇日までに金一万二、四七七円の支払いをせよ。」及び主文第二項同旨の仮処分の裁判を求めた。その申請理由の要旨は次のとおりである。

(一)  申請人は、昭和三十二年八月から鋳物製造販売等を業とする株式会社である被申請人に雇傭されていたが、昭和三五年六月一四日被申請人から企業縮少を理由に解雇の意思表示をうけた。

(二)  そこで、申請人は、右解雇の意思表示の効力を争い、被申請人に対して、福岡地方裁判所に従業員たる地位の保全を求める仮処分を申請し(同裁判所昭和三五年(ヨ)第二六八号)、同裁判所は、昭和三六年四月八日判決をもつて、「申請人が、被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。」旨の仮処分命令を発した。

(三)  被申請人は、右解雇の意思表示を為した後は、申請人の就労申入を拒否し続けて、その間の賃金も支払わない。なお、申請人が被申請人から支払いを受けていた賃金額は、前記解雇の意思表示の為された当時において一カ月平均一万二、四七四円であり、毎月一日からその月末までの分を翌月一〇日に支払われることになつていた。

(四)  しかして申請人は、右被申請人から支払われる賃金によつて、自己及びその扶養する親、妹の生活をまかなつていたもので、右解雇の意思表示が為された後は、被申請人から賃金の支払いがないので、やむなく全国金属労働組合新日本工業支部の事務手伝をして若干の報酬を得、更に多額の借金をして生活維持につとめているが、このままの状態では提起準備中の本案訴訟における判決の確定までには、その生活は破壊され、回復できない損害を蒙ることになる。

(五)  よつて、昭和三五年六月分以降の賃金(但し、昭和三五年六月分の賃金中金五、〇四九円は、同月二六日に支払いをうけたので、これを除く。)の支払いを求めるため、本件仮処分の申請に及ぶ。

前記申請理由のうち、(一)、(二)は、当事者間に争いがなく、同(三)のうち被申請人が申請人の主張の如く賃金の支払いをしていないこと、右解雇意思表示の為された当時の申請人の平均賃金額及びその支払方法が申請人の主張のとおりであること、前記福岡地方裁判所昭和三五年(ヨ)第二六八号仮処分判決後も申請人の為した就労申入を被申請人が拒否していることは、当事者間に争いがない。しかして、疎明資料によれば、申請人が、本件解雇の意思表示が為された翌日、これを不服として就労申入を為したのに被申請人がその申入を拒否した事実もうかがわれる。

被申請人は、被申請人が右仮処分判決後も就労を拒否し、賃金支払いの請求にも応じなかつたのは、被申請人が右判決に対して控訴を提起したからであること、及び前記仮処分判決はもつぱら雇傭契約上の地位の保全を目的とし、賃金支払いはその履行を被申請人の任意に期待する趣旨であるから、その限度で必要性も定められたものであり、本件申請にかかる賃金請求仮処分とは被保全権利並びに必要性を同じくせず、解雇の効力の判断にあたつても裁判所は前記地位保全仮処分とは別個に独立の判断を為すべきであることを主張するが、前者については、仮処分判決の効力はその形式的確定をまたず告知と同時に発生するものであるし、後者については前記地位保全の仮処分によつて形成された効果は、この判決が取り消されないかぎり申請人と被申請人との間に存続するのであつて、被申請人は右仮処分判決が有効に存続する以上、申請人に対してさきになした解雇の意思表示はなかつたものとして、引続き従業員たるの取扱いを為すべき義務を負うものである。しかして、本件仮処分申請事件の裁判にあたつても、被保全権利たる賃金請求権の有無を判断する前提となる雇傭関係の存続に関しては、右地位保全仮処分判決による形成の効果を独立の判断をもつて左右することはできないものと解するのを相当とする。

よつて、申請人が、被申請人に対して昭和三五年六月分以降の平均賃金(但し、申請人がすでに支払いを受けたことを自認する同年六月分のうち金五、〇四九円を除く)を請求し得る権利は疎明があつたものということができる。

そこで以下本件仮処分の必要性について判断する。疎明資料によると、申請人は母(六八才、無収入)及び妹(二七才収入一カ月金七、〇〇〇円)を被申請人より支払われる賃金をもつて扶養していたこと(但し、妹はうち金三、〇〇〇円を毎月家計費に支出。)、本件解雇の意思表示の後は申請人は左記の収入によつて一応生活を支えて来たこと。

(1)  全国金属労働組合の事務手伝による一カ月平均金四、〇〇〇円

(2)  昭和三六年三月までは全国金属労働組合からのカンパ一カ月平均金三、〇〇〇円

(3)  昭和三五年一二月末頃申請外中村恒喜からの借金二万円、昭和三六年三月頃申請外梅崎勉からの借金一万五、〇〇〇円

の諸事実がうかがわれる。もつとも右(3)は、後日本件に関する訴訟事件の解決後は返還すべき約であるが、本件賃金支払仮処分があつたことによつて直ちにその弁済を求められる関係にはない。しかして本件解雇の意思表示が為された当時の申請人の平均手取賃金は一カ月金一万一、五〇四円六六銭であつたことが疎明される。

以上の諸事実を綜合すると、申請人の本件仮処分申請に対しては、その必要性を考慮すれば、昭和三五年六月分(但し前記金五、〇四九円を除く)以降の右平均手取賃金額から前記申請人が得てその生活費に入れた(1)(但し昭和三五年七月から昭和三六年七月までとして計算)、(2)及び(3)の諸金額を差し引いた残額並びに将来雇傭契約上申請人が受くべき右平均手取賃金の限度でその支払いを被申請人に命ずる(無保証)のが相当である。

よつて、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 岡野重信)

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